2005年10月10()〜12日(水)

涸沢岳  からさわだけ 長野県 3110m 3名
奥穂高岳  おくほだかだけ 長野県 3190m
最寄り駅  松本電鉄「新島々」
バス  新島々上高地
参考
歩行時間
 1日目:3時間10分 2日目:6時間5分 3日目:6時間10分
参考
コースタイム
 1日目:上高地→1:00→明神館→1:00→徳沢園→1:10→横尾
 2日目:横尾→1:00→本谷橋→2:00→涸沢ヒュッテ→1:00→ザイテングラート→1:30→穂高岳山荘→20→涸沢岳→15→穂高岳山荘
 3日目:穂高岳山荘→50→奥穂高岳→1:20→紀美子平→2:00→岳沢ヒュッテ→2:00→上高地
歩行時間  1日目:2時間35分 2日目:6時間30分 3日目:7時間25分
コースタイム  1日目:上高地→45→明神館→50→徳沢園→1:00→横尾
 2日目:横尾→1:20→本谷橋→1:45→涸沢ヒュッテ→2:50→穂高岳山荘→20→涸沢岳→15→穂高岳山荘
 3日目:穂高岳山荘→55→奥穂高岳→1:20→紀美子平→1:30→カモシカの立場→1:00→岳沢ヒュッテ→2:00→上高地

 

1日目:

 連休最終日のこの日、秋真っ盛りの涸沢を目指して、上高地に向かう。
 雨の朝、傘をさしての出発だったが、天気予報は曇り時々晴れ、上高地は晴れていた。

 アニメの主人公のような可愛い声の女性運転手さんのバスを降り、どーんと大きくそびえる明神岳を左に見ながら、梓川沿いにほぼ平坦な道を、多くのハイカーとすれ違いながら横尾山荘まで歩く。

 横尾山荘では、3人で6畳の広さ。平日の良さだ。ここはお風呂があるのが嬉しい。5時半の夕食後、6時にはコロンと就寝。

Mさん撮影。横尾山荘前の吊橋 横尾山荘の夕食

 

2日目:

 5時、横尾山荘を出発。辺りはまだ真っ暗だが、それほど寒さは感じない。ヘッドランプの明かりを頼りに山荘前の吊橋を渡り、ゆっくりと歩き始める。
 ホーというフクロウの声にビクッとする。
 …と、後からウーという唸り声がする。「まさか…」
 またウーと聞こえる。今度は左側からだ。「何、なに?」犬のような感じの声だ。
 私たちの歩きと並んでいる。
 3回目のウー。すぐそばにいる。なんだか分からないが、ただ鈴を振り鳴らして歩を早める。
 うなり声は右手後に去った。ふぅ〜。
 何だったのだろう??
 今日はKさん…いや、餌はないよ〜。。。

 辺りがだんだん白んできて、やっと気持ちが落ち着いてきた。第一登山者発見! ものすごい速さで下山していく男性だ。「あのペースなら新宿まで出勤もできる」とMさん。
 真新しい吊橋を渡り、河原で朝ご飯にする。横尾山荘のお弁当は、クロワッサン風のパンが3個。ジャムや、チキンマヨネーズ、チーズ、みかん、紙パック入りの紅茶だ。

 おなかも気持ちも落ち着いて、これから少しずつ登りに入る。青空が広がり、すれ違うハイカーも口々に、「今日はいい日になってよかったですね」と声をかけてくれる。

真新しい吊橋。本谷橋?
 木々の色がだんだん、だんだんと濃くなって気持ちもワクワク。
 …が、珍しくHさんの歩みが遅い。
 「なんだか体が重くて…。Kさんの背後霊が乗っかってるぅ」(・_・;)
 Kさんは涸沢行きを非常に楽しみにしていながら、今回急に用事ができ、Nさん同様、来られない組にまわった。
 「あら、それは重いわ」
 「じゃあ、除霊しなくちゃ」とMさん。
 「谷底へ蹴落としてしまえ〜」
 いないと何を言われるかわかりませ〜ん。(^v^)
赤い実をつけたナナカマドが目立ってきた

 涸沢ヒュッテの旗が見えてきた。
 辺りのナナカマドは赤いつやつやの綺麗な実をつけている。涸沢はまさに紅葉真っ盛り。カレンダーやポスターの中にいるようだ。涸沢ヒュッテのデッキで最高の秋の中に浸って休憩し、その後、ザイテングラートを通り、穂高岳山荘を目指す。

 目の前に見えているのに、なかなか着かない目的地にやっと着いたのは12時ちょっと前。周りの山々が目の高さになった。富士山が見えたというほどの良い天気が、山荘で宿泊手続きをし、うどんやらカレーやらのお昼を済ませて涸沢岳に登る頃にはガスが出始め展望がなくなってきた。

ザイテングラートから見る涸沢 穂高岳山荘 穂高岳山荘の夕食

 この日の部屋は7.5畳に女性ばかり8人。このうち3人はそれぞれソロ山行だ。毎年のように来ているが、これほどの紅葉は初めて、と言う。みな明日は奥穂高岳から岳沢に下るとのことだった。他の2人の女性は徳沢から来てまた徳沢に泊る予定だそうだ。
 3畳に4枚の布団をぴったり敷く。一人一枚ずつの布団に寝られるということだが、普通よりもはるかに小さいこの布団に2人だったり、3人だったりなどというのは考えられない。とても寝られない。そして案の定、一枚の布団を占有できるにもかかわらず、この夜は2〜3時間しか眠れなかった。暖房(?)が入ったような暑さで喉がカラカラ。寝苦しくもあり、よく眠っている人達の寝息を聞きながら、どうせならこの長い夜が早く明けるようにと考えていた。

 

3日目:

紀美子平からの景色

 ざわざわと廊下を歩く音、荷物の整理をしたり、チリンチリンと鈴が鳴ったり、携帯の目覚ましがなったりと、行動開始のさまざまの音で、4時過ぎにはみな自然に目が覚めた。

 3000メートルの山の上で見る満天の星は手に届くかと思われるほど大きく数多い。予想したほどの寒さではなかったが、着込んだダウンは寒がりの私にはちょうどよかった。雲海の上に一筋、日の出前の赤い線ができる。感動する一瞬だ。
 この日の日の出は6時少し前。5時半頃にはあたりは明るくなってくる。太陽が顔を出す前に、山荘横の奥穂高岳登山口から登り始める。下から見ると垂直のように見える岩だらけの細い登山道と、2本の梯子。昨日、見た途端、行きたくないと思いながら、この日の素晴らしい天気の予感と、それゆえの展望を期待し、覚悟を決める。「えいやっ!」

 どこに道があるの? こんなところを進むの? というような箇所だらけの今日のコースの最初の難所をどうにかクリアし奥穂高岳頂上に立ったときには、直視できない大きな太陽が雲の中から抜け出ていた。
 案内板にはところどころ氷の塊がついている。風はなく、360度の展望。ここから見える富士山は少しぽっちゃり型だ。その横に北岳、仙丈ケ岳が見える。ツンと尖がった槍ヶ岳。あとは・・・分からない。ただ白い雲の海の中に、島のようにポツンポツンと浮かんでいる。

奥穂から
奥穂から
奥穂から
奥穂から
奥穂から
 暖かい朝日に包まれて、棒葉ずしの朝ご飯を食べ、前穂高岳方面に進む。

 危険な箇所は慎重に進むのに、ちょっとなだらかな箇所に来て、ついつい油断。ずるっと滑り、膝小僧をしこたま打つ。この結果、山行後数日たった今、ぶく〜んと膨らんだお相撲さんのような足になっている。同行のHさん、Mさんは、そのまま谷底へずるずると落ちていってしまうのではないかと思ったそうだ。打身ぐらいで済んだが、不注意で大怪我をしては今回の山行に誘ってくれたHさんにもMさんにも迷惑がかかる。真摯に反省・・・。
穂高岳山荘のお弁当、ほうば鮨

 嫌なのは大きな岩の窪みにしっかり手をかけ、ちょこっと出た一足分の靴のような形の岩に片足を乗せ、カニのようにジワジワと渡らなければならない箇所だ。下は見られない。手を離したらそれこそ、そのまま遥か下へ・・・。大っきらいだ〜、こんなとこ! 滑落、遭難、なんて新聞には載りたくない! かなり必死の形相だったような気がする。。。

紀美子平から下る長い鎖場 紀美子平に来ると、ザックを置いて前穂高岳に登る人達の岩肌に張り付くような姿が頂上までいくつも見える。私たちはここは省略。一刻も早く下山したい。こんな狭い高所では落ち着かない。
 ここからは長い鎖で一気に下る。大きな岩のところどころに足場が彫ってある。慎重に、慎重に。鎖でも梯子でもしっかり持つところがあるだけまだいい。最後の長い梯子
 一気にかなりの高度を降りると、辺りはだんだん、緑のハイマツの山になり、ザレ石の登山道から土が見える登山道に変わってきた。ライチョウに会えるのを期待したが残念ながら姿は見えない。

 「余所見しないでね」「ほかのことに気を取られないでね」Mさんが、何度も何度も繰り返す。「は〜い。気をつけますぅ」 (^_^;)

 最後の梯子を降り更に下ると、岳沢ヒュッテがここもまた鮮やかな紅葉の中にポツンと見えてくる。
 緊張、緊張の時間を脱して急におなかが空いていることに気づき、カモシカの立場という場所で、朝の棒葉ずしの残りを食べる。

カモシカの立場から
 岳沢ヒュッテに着いたところで、なんだかとても懐かしい場所に帰って来られたという感じがし、やっと心からホッとできた。Hさん、Mさんは冷えたリンゴをほうばる。私は小さなみかんを口に入れる。

 ここからは気楽なハイキング道を河童橋、上高地へと歩き、帰路のバスに乗り込む。

 山荘で一緒だった、ソロの3女性、前穂高岳のピークもしっかり踏みながら、出発もほぼ一緒、帰りもまた一緒になった。 (*_*; ひえぇ〜

もうすぐ岳沢

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